どこにも続かない道のうえで


「どうしてだ」

 

 知らずつぶやいたその声は、思った以上にひどくかすれていた。

 天穹の果ての果て、宙空に浮かんだ機械じかけの道。先を急ぐ三人のサイキック――硬い表情をした朽葉色の髪の少女、悲痛な表情を浮かべる薄紅の髪の娘、そして、二人を庇うように立つみどりの髪の少年。

 三対の視線の先には、彼らよりもなお小柄な少年の姿がある。傷ついたひな鳥の眼をした、あどけない顔立ちの子ども。相対するサイキックたちのはるか頭上に広がる、美しい暗黒と同じ色の瞳。

 

「どうして、君がそこにいるんだ。あんなに戦いを嫌がっていたのに。これ以上自分の力でなにかを傷つけたくないと、そう言ったのは嘘だったのか」

 

 怜悧な顔立ちをした少年が、声を荒げて相手に問う。やや上ずったその声音に、咎める様子はみじんもなかった。叩きつけた言葉に滲んでいるのは、どうしようもない戸惑いだ。

 かつて仲間であった彼、破壊の力を持ちながら誰よりもそれを厭うていた彼、初めて敵を殺した時、涙を流し亡骸に詫びていた彼。別れの痛みとともに記憶となった少年の姿が、今、見誤りようのない敵として目の前にある。デスサイキック――新時代の人類としてESP能力に目覚めながら、同族を狩る呪われた種族。ふたつのイメージがひどく混乱した脳裏にゆれて、どうしても重なり合うことはない。

 

「嘘じゃないよ。僕は今でも、戦いなんか大嫌いだ」

 

 深い藍色の髪をした少年が、問いに応えて顔を上げる。旅のさなかに別れた時と、その出で立ちは大きく異なっていた。ガード・フォースでもごく限られた地位の人間だけが着用を許される、戦闘に特化した性能の強化スーツ。心臓の真上にかがやく紋章は、すなわち最高指導者直属の部下であることを示す。

 

「だけど、甘かったんだ。僕自身が力を捨てたところで、この世界に満ち満ちた憎しみはなくならない。ブレイン・コントロールに付き従うか抗うか、ふたつの陣営に分かれて戦う限り、人はいつまでも過ちをくりかえす。誰かがそれを終わらせなきゃならないんだ。僕にはそれがはっきり分かった」

「それは、あなた自身の考えなの」

 

 明るい褐色の髪をかすかに揺らして、テレパシ使いの少女がつぶやく。心の奥底までも見通すような、透きとおったその視線を軍服の少年は正面から受け止めた。今にも泣き出しそうな暗い瞳に、敵意のあらわれはうかがえない。ただ、どこまでも落ちていきそうなほど、深い深いうつろがあるだけだ。

 

「そうだよ。だけど、教えてくれたのはあの人だ。たった一人、この世界の行く末を肩に担ったあの人……誰にもあの人の苦しみを分かち合うことはできない。僕にできることはひとつだけなんだ。君たちがあの人の邪魔をするんなら、僕は、何があってもそれを止めなくちゃ」

 

 半ばみずからに言い聞かせるように、少年は小さな声で告げた。厚い革の手袋に覆われた、育ちきらない手のひらの中で光がまたたく。朝焼けの向こうに目にするような、鋭くうつくしい光。

 触れたすべてを原初へと返す、忌まわしきその力の名は。

 

「みなみくん、やめて。……もうやめて、私たちに、戦う理由なんて何もないのに!」

「なら、僕の目の前から、今すぐみんないなくなってよ」

 

 まるく大きな瞳から涙をこぼし、長い髪の少女が叫ぶ。聞くものの胸を切り裂く哀惜に満ちた声を、少年はかたくなな言葉で拒む。三人が意志を翻すことなどないと知っていて、かりそめの選択肢を掲げてみせる。まるで不可避の戦いに至る道のうえ、諦めきれず足踏みを続けるかのように。

 

「みんなを行かせれば、あの人はもっと傷つくことになる。この世界にかけられた鍵を外せば、人もサイキックも憎しみにしずむだけだ」

「だから、通さないっていうのか。何があっても」

「……しばは、やっぱり頭がいいね」

 

 強張った表情で問いかける、かつての友に向けられたまなざしは優しかった。二度とは戻れぬ時を懐かしむような、その微笑みもしかし一瞬で掻き消える。

 残されたのは、冷酷なデスサイキックとしての仮面だ。みずからを導くものに従い、秩序を揺り動かさんとする侵入者を、その力で排除する兵士としての――。

 

「君たちは、踏み込んではならない場所に来てしまった。もう後戻りはできない。何があっても、ここから生かして帰すわけにはいかない」

 

 破壊の光を手のひらに収めたまま、少年はもう片方の手で胸の紋章に触れる。ここにいない誰かに救いを求めるごとく。あるいは最後の一歩を踏み出す力を、その小さな身体から搾り出すごとくに。

 

「ごめんね。……さよなら」

「……みなみ、……この、大バカ野郎……!」

 

 かざされた手のひらから光があふれ出る。緑髪の少年の背後から、長い髪の少女が反射的に躍り出た。弧を描く細い腕が不可視の壁をかたちづくる、たわむ、破壊と守護、相反する超高密度のエネルギーが接触し反発しきしみ喰らいあい――そしてなにもかも閃光に呑み込まれてゆく。

 

(大佐。大佐。大佐。大佐)

 

 心のうちにつぶやく。かつて仲間思いの少年であったデスサイキックは。おさない心で背負うにはあまりにも重い真実を、その目に焼き付けてしまった無垢な子どもは。壊れゆく精神のありったけで悲鳴を上げながら、それでも、破壊の力をふるい続ける。

 

(大佐、大佐、どうか僕を、最後まで戦わせてください。たとえみんなを失うことになったって、目に見えるものが全部嘘に塗りつぶされていたって。僕の好きな人たちみんなに悲しい思いをさせないために、この世界が憎しみに呑み込まれないために、そのためになら僕は、僕は、僕は、何だって……)

 

***

 

 戦いの火蓋は、切って落とされた。

 それは人類とサイキックがともに滅びへと向かう、終わりのない争いの第一歩であった。

 

 

 

 

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